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お寺の「おすそわけ」を全国に ー ひとり親家庭が「助けて」を言いやすい「匿名配送システム」を実現【認定NPO法人おてらおやつクラブ】

  
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お寺におそなえされる食べ物や日用品を、仏さまのおさがりとして各地の支援団体やひとり親家庭におすそわけする、認定NPO法人おてらおやつクラブ。2023年8月現在、全国で1,927のお寺がこの活動に賛同しており、支援先の団体は743にものぼります。2018年にはグッドデザイン大賞も受賞しました。

おすそわけの仕組みを支えているのは、キントーンです。同NPOでシステムを担当する、桂浄薫(かつら じょうくん)さんに、活動の中でどのようにキントーンを利用しているのか教えてもらいました。当記事は、2023年7月19日に行われたチーム応援カフェ「おすそわけ活動」の内容を再構成してお届けします。

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奈良県・善福寺の33代目の住職、桂浄薫さん。おてらおやつクラブの理事も務める

お寺の「ある」と社会の「ない」をつなぎ課題を解決

おそなえ、おさがり、おすそわけ。桂さんが初めに説明してくれたのは、我々が知っているようでよく知らない、お寺の習慣についてでした。

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昔から、お寺には檀信徒さんや地域のかたがたから多くの「おそなえ」の品が集まります。これらを仏前におそなえした後、「おさがり」として住職さんらが頂戴し、ご法要や来客の際に「おすそわけ」として振る舞うのです。おてらおやつクラブでは、この「おそなえ、おさがり、おすそわけ」というお寺の習慣を活かして、子どもの貧困問題の解決を目指しています。

現在、日本の子どもの相対的貧困率は11.5%ですが、特にひとり親世帯は44.5%とほぼ2人に1人が該当します(2022年国民生活基礎調査)。さらに最近は物価が高騰し、子どもたちを取り巻く環境はますます厳しくなりつつあります。

「私たちの活動は、お寺の『ある』と、社会の『ない』をつないで両方の問題を解決しようというものです。お寺にはおそなえの食べ物や日用品、みんなが寄り合える場所などがある。これらを社会の『ない』につなぎ直すのです」(桂さん、以下同)

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団体のロゴには「たよってうれしい、たよられてうれしい。」というキャッチフレーズが

活動の始まりは今から10年前、2013年5月に大阪市で起きた、ある事件がきっかけでした。若い母親と幼い子供が生活に困窮して、餓死してしまったのです。部屋には「最後にお腹いっぱい食べさせてあげたかった、ごめんね」というメモが残されていました。

「こんな悲しい事件を二度と起こしてはならない」そんなお坊さんたちの思いから、2014年1月におてらおやつクラブの活動が始まりました。2017年にNPO法人に、2020年には認定NPO法人となっています。

「おてらおやつクラブは、奈良のお寺から全国の家庭に直接食べ物を送っていると思われることが多いのですが、実はそうではありません。東京の支援先には東京のお寺から、大阪の支援先には大阪のお寺から、おすそわけを届けています。」

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おすそわけ活動には、支援団体を介する「後方支援」と、ひとり親家庭に直接届ける「直接支援」がある

通常は寺院から子どもたちやひとり親家庭をサポートする各地の支援団体に送付し、それらの団体が各家庭におすそわけを届けます。困っている家庭をより広く確実に支援するためには、現場をよく知る人々を介したほうがいいと考えるからです。

ただし、おてらおやつクラブには「おそなえを送ってください」という個々の家庭からの要望もたくさん届くため、ひとり親家庭に直接おすそわけを送る活動も併行して行っています。

情報入力の自動化で手間が減り、分析もしやすくなった

こうした「おすそわけ」の活動において、キントーンはどのように使われているのでしょうか。桂さんがまず説明してくれたのは、「マイページシステム」の開発について。マイページとは、たとえば通販サイトなどにログインする際に表示される、自分の情報が集まったページのことです。

マイページシステムをつくるまで、おてらおやつクラブでは、WordPressでホームページを作り、お申し込みフォームから入ってきたデータをスタッフがSalesforceに手入力していて、大きな負担となっていました。

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そこでキントーンを導入しWordPressのフォームと自動で連携できるようにつなぎました。寺院と支援団体それぞれにマイページを作って特定できるようにしたところ、手作業が不要になったのです。

「キントーンとWordPressの連携で、おすそわけの量や内容を確実にデータベース化できるようになりました。毎月どれくらいのおすそわけが送られているのか、どれくらいの子どもたちに届いているのかを定量化し、簡単にグラフ化できます。分析もしやすくなり、今後の活動を考えるうえで非常に大きなメリットがあります」

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寺院のマイページの例、おすそわけを送るときは「集荷依頼する」をクリック

マイページでは、おすそわけを受け取った人たちからの「無事に届きました、ありがとうございます」といった声も見ることができます。こういったメッセージが届くと、お寺は活動のモチベーションを継続しやすくなるのです。

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発送を管理するアプリ。いつ、どこからどこへ送ったのかなどの情報を、データベース上の記録と関連付けて表示できる

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マイページシステムの開発はkintoneエバンジェリストの細谷崇さんに依頼した

手のひらからいつでも「助けて」を言える「匿名配送システム」

もうひとつ、「おすそわけ」を支えるためにキントーンで開発したのが「匿名配送システム」です。これは、おすそわけを送る側のお寺も、受け取る側の家庭も、互いに住所や名前を知ることなくやりとりできる仕組みです。メルカリを使ったことがある人は、あの配送の仕組みをイメージしてもらえるとわかりやすいと思います。

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おてらおやつクラブの活動に匿名配送が必要になったきっかけは、新型コロナウイルスでした。コロナ前の2019年は、おてらおやつクラブから直接おすそわけを送るのは351家庭のみでしたが、コロナ禍に入ってから生活が苦しくなる世帯が増え、2021年には5,943家庭と、2年前の約17倍にも達したのです。さらに2022年には8,547世帯と2年前の24倍にも達したのです。

こうなるともはや、事務局のお寺1か所から全国の各家庭におすそわけを発送することは不可能です。そこで、全国各地のお寺から近隣の家庭に発送を行えるよう、仕組みを切り替えることにしました。

しかし、ここで問題が出てきました。おてらおやつクラブには、全国のひとり親家庭から「ここにおすそわけを送ってください」と、名前や住所などの情報が寄せられるのですが、これらの情報を各地のお寺にそのまま伝えることはできません。個人情報を安易にやり取りするリスクがありますし、おてらおやつクラブを信頼できなくなると「助けて」と言えない家庭が出てくると考えられるからです。

お寺も家庭も、互いに匿名で配送を行えるシステムしたい。そこで頼ったのが、地元の学生さんたちでした。事務局がある奈良県の安養寺に奈良先端科学技術大学院大学の学生が顔を出していたため、「プログラミングができるなら手伝ってほしい」とお願いしたところ、引き受けてくれました。

12.奈良先端科学技術大学院 茶円春希さん.jpg

関わってくれた学生の一人、茶円春希(ちゃえん はるき)さん。システム開発の学生チームは株式会社化し、メンバーは代替わりしながらシステム開発のノウハウを引き継いでいる

学生たちのほとんどは、それまでお寺に縁もゆかりもなく、実際の事業システムを開発した経験もありませんでした。それでも「事務局の一極集中を全国のお寺に分散させ、匿名で家庭に送るシステムを開発してほしい」という依頼に果敢に取り組んでくれたのでした。

結果完成したのは、以下のような見事な仕組みです。

13.メルカリのような匿名配送システム.jpg 14.手のひらからいつでも「たすけて」が言える.jpg

ひとり親家庭が最初にアクセスするのはLINEです。ふだん使っているツールで、手のひらからいつでも「助けて」という声をあげられるようにしたのです。事務局に「助けて」の声が届いたら、お寺がヤマト運輸に集荷依頼を行い、ひとり親家庭におすそわけが届けられるという流れです。

このシステムを使えば、ヤマト運輸のシステムで配送状況がわかるため、各家庭に「受け取り報告」を促すこともできます。

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集荷の依頼者、配送先などの情報を記録する、APIのログ管理アプリ

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開発時にはこんなポイントに頭を悩ませたそう

この匿名配送システムが実現したことで事務局の負担は半減し、且つひとり親家庭はより「助けて」を言いやすくなり、またお寺や支援者の「助けたい」という思いも一層活かされることとなりました。

さらに、システム開発に携わった学生たちからは「日本に貧困問題があることを初めて知った」「学んだ技術が社会課題の解決に役立つことを知った」などといった声も聞こえてきたそうです。

17.プロジェクトに参加してくれた学生たち.jpg

「匿名配送システム」を実現してくれた学生たち

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おすそわけを受け取った母親からのメッセージ、活動の大きなモチベーションになっている

限られたNPOスタッフの労力はクリエイティブに集中を

全国のNPOに共通する課題として、桂さんは以下のような点を指摘します。

 ・少ない資金
 ・少ない人手
 ・少ない常勤スタッフ
 ・事業活動と組織基盤の両立が大変

限られた資金とスタッフでやっていくため、おてらおやつクラブでは、ITをフル活用しています。NPO価格が設定されているサービスは余さず活用し、またできるだけクラウドを利用することで、スタッフの有限な時間を最大限に活かしつつ、情報のシェア&対応の可視化を心がけているのです。業務改善や効率化も徹底しています。

「データの算出や、『この作業がまだですよ』というアラートなど、機械でできることは機械に任せ、限られたスタッフのリソースはクリエイティブに集中させます。たとえば、事業の企画や算出されたデータの分析、どんな情報発信をしていくかといったことに議論の時間を割きます」

なお、おてらおやつクラブでは、おすそわけの活動のほか、団体への寄付金や講演依頼の管理などもキントーンで行っているのだそう。

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「キントーンを使った業務改善のノウハウはいろいろあるはず。そのノウハウを社内の改善だけに使うのでなく、ぜひ大きな社会課題の解決に役立ててほしいと願っています」

桂さんは、キントーンを使う世の仲間たちに向けて、こんな力強いメッセージも伝えてくれました。