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ホームレスから子どもまで個別支援、感情の共有を大事にするNPOのIT活用術――【認定NPO法人抱樸】前編

  
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抱樸アイキャッチ画像1.jpg

福岡県北九州市を拠点に活動する、認定NPO法人抱樸。30年以上前から、生活に困窮した人や、社会から孤立した人たちの生活再建を支援しており、いまやその名は全国に知られています。

 活動は多岐にわたり、ホームレスへの炊き出しや自立支援、障害者の就労継続支援、刑務所出所者の生活サポート、子どもの居場所づくり等々、現在28もの事業部署があります。パート勤務も含め、スタッフ数は現在116名です。

 最近では、暴力団の本部跡地を買い取って全世代向けの地域共生拠点として再生させる「希望のまちプロジェクト」の取り組みでも、注目を集めています。

 抱樸は、2017年に子ども・家族の伴走支援でキントーンの利用を開始。2020年から法人全体での情報共有をメーリングリストからキントーンに切り替え、業務効率化を進めています。

 どんな場面でキントーンが使われ、どのような効果が生まれているのか? 抱樸のみなさんに、教えてもらいました。

感情が入った発信には「いいね」を押している/理事長・奥田知志さん

 最初にお話を聞かせてもらったのは、理事長の奥田知志(おくだ ともし)さんです。奥田さんは、抱樸の活動をこんなふうに説明します。

奥田さん1.png 認定NPO法人抱樸 理事長の奥田知志さん

「うちの団体はずっと『個別支援』をやってきました。多くの支援団体は『生存にかかわる最低限のラインをどう確保するか』という部分が活動の中心ですが、抱樸は『その先をどう生きていくか』というところまでやっています。

 憲法でいうと、25条(生存権)だけでなく、13条(幸福追求権)までをやっているわけです。その『個人として尊重される』という部分を、うちでは『個別支援』と呼んでいます。NPOのよさは自由だということ。制度や利用資格の条件を前提としません」

 現在28の事業を行っていますが、ある程度縦割りにならざるを得ませんでした。ですが、支援が必要な一人の方を包括的にサポートするには複数の部署がチームとして連携する必要があります。そこでキントーンが大事な情報共有ツールになっているというのです。

子ども・家族支援のイメージ1.png 最初は子ども・家族を支えるチームでキントーンを使いはじめた

 「メールだと返信しないと読んだことが伝わりませんが、キントーンの『いいね』は押すだけで『読みました』の代わりになります。相手にとって励みにもなるので、とてもよいです」と話します。

 「私が一番『いいね』を押すのは、その人の気持ちが入っている発信です。抱樸は、感情の共有をすごく大事にしています。私たちは感情が突き動かされるからこそ、チームをつくって活動し、最終的には国を動かし制度を変えさせていきます。生活困窮者自立支援制度だって、私たちの悔しさが生んだものです。ですから感情の共有は非常に大事であり、キントーンはそういった面でも役に立っています」

感情の共有に役立っている投稿 (1).png 意見や感じたことをキントーンのスレッドで共有

 ただし「『いいね』以外のボタンもあったらいいなと思う」とのこと。

 「訃報に際しこの人はどんな人だったとか、そのときどんな思いになったとか、『残念』『悔しい』『ご冥福を祈りますとか』そういう気持ちが入っている文章は、即『いいね』ですね。『悲しいね』『残念だね』もあったらいいなと思います」

キントーンを使うことで、組織全体を見渡しやすくなった面もあるといいます。

 「たとえば、決裁が止まっているのが見えたりします。特に年度末は予算の締めがあるので、どの部署も『伺い書アプリ』(稟議・決済)の申請が山積みになっている。以前、紙ベースだったときは、僕のところまで上がってこなかったような伺い書まで、キントーンだと全部見えます。

 『あ、あの部長全然決裁してないな。早くしないと現場が困るだろう』などとわかってしまう(笑)。あとは、ちょっとしたものを買うか買わないかという話が、決裁されずに止まっていることもあるので、『もっと現場に決裁権をもたせなあかんな』といったガバナンスの課題も見えてきました」

伺い書アプリ Ver2.png 伺い書アプリの一覧画面

 さらに、スタッフの人たちとの距離も近くなったと感じています。現在116名の職員がいて、普段なかなか話す機会がない人も多いのですが、キントーンではそういったメンバーの情報にもふれられるので、心理的な距離が縮まったということです。

 いまの課題は「責任者会議の情報が現場まで下りていかない」ことです。最初は小規模で平坦な組織だったため、なんでもみんなで集まって決めていましたが、急激に組織が大きくなって縦割り組織になったため、情報が全体共有されづらくなってきたのです。今後はキントーンを使いつつ、抱樸らしい活動ができる組織の形を模索していきたいということです。

「勢いと覚悟」で導入のハードルを乗り越えた/管理部門

 次に登場してもらうのは、常務の江田初穂(こうだはつほ)さんです。管理部門の責任者である江田さんは、なぜキントーンを使おうと考えたのでしょうか。

 「私たちの団体は、路上にいた方などを亡くなるまでの長い期間にわたってサポートするので、相談の部署、自立支援の部署、アフターフォローの部署というふうに、いくつもの部署をまたいでの連携が必要になります。以前はMicrosoftのAccessで情報管理していたのですが、バージョンアップで将来的に使えなくなることがわかっていたので、キントーンに乗り換えを検討し始めました。

 最初にキントーンのセミナーに行ったときは、『相談に来られる方の情報を、タイムラグなく全部署で共有すること』が目的でした。でも説明を聞いたら、労務管理など法人運営にもかなり活用できるなと思いました。これまで管理部門は、ハンコ文化ですごく時間がかかっていたのですが、キントーンでその部分を省けるんじゃないかと気付いたんです」

江田さん.png 常務の江田初穂さん

 キントーンを導入する際、江田さんが強く感じたのは、みんなの「心理的なハードル」でした。書類中心の文化をIT化するのには、一時的ながら負担が生じるため、そのハードルを乗り越えるための「意識づくりに苦労した」と振り返ります。

 「ここはもう『勢いと覚悟』かな、と思いました。これまでのやり方を捨てて新しいものを導入するときは、いくら言葉で説明をしても、同じ温度感では伝わらないところがあります。だから最初は多少強引でも、勢いで使ってもらおうと思いました。導入したらみんなに役立つ、ということを信じて。

 全体導入に向け、部署をまたいだ複数のメンバーを集めて『キントーン運営チーム』をつくりました。メンバーは4人です。それからはこのチームがIT化の推進力になり、まずは総務と経理で勤怠管理のタイムカードアプリを使い始め、半年くらい経った頃、全部署に広げました」

 導入してみて江田さんが感じた最大のメリットは、「思考過程」を共有できることでした。たとえば「伺い書」アプリには、コメントで決裁者が入れた質問や申請者の回答を見られるので、「誰が何を気にしているか」といったことがわかります。これにより、紙ベースのときにはハンコを押す人にしかわからなかった確認や指示の手前の「思考の部分」が可視化され、同じような事案のときに参照されるようになったのです。

伺い書アプリ画面.jpg 伺い書アプリのレコード画面。コメント欄で申請者と決裁者が内容についてやりとりをしている。

 また、これまでは管理部門からメーリングリストで流さないと各スタッフに届かなかったのですが、キントーンは情報をおいておくと興味がある人は自分で取りに来てくれるようになったことも、ありがたいと言います。

 「キントーン導入でみんなが混乱していた時期から、今だんだんと安定期に入ってきて、自分から使ってみる、という段階に移ってきたようです。これからいろいろメンテナンスが必要な部分も出てくると思いますが、止まらずに使い続けてきて本当によかったと思います」

 今後、キントーンでやりたいことはいろいろあります。たとえば、会議室や車、業務用の携帯など、各部署に配備している備品を、法人全体で管理するツールを展開することです。

 抱樸の支援者(寄付者)の情報をデータベース化して、適切なタイミングで情報を届けられるようにすることも考えています。その際には、メールワイズ(メール共有システム)と連携することも検討中です。

「タイムカード」「伺い書」アプリで紙と作業を大幅削減/総務部

 もうひとりお話を聞かせてもらったのは、総務部に所属し「キントーン運営チーム」のひとりでもある、藏元幸夫(くらもとゆきお)さんです。現在最も深くかかわっているのは、給与計算のための「タイムカードアプリ」です。

藏元幸夫.jpg 総務部の蔵元幸夫さん

 「以前は打刻する紙のタイムカードでした。全部署のカードを集めて、一行ずつ勤務時間を計算し、それをもうひとりの担当者がチェックしていました。毎月、2人で2日はかかっていたと思います。でも今はアプリが計算してくれるので、半日~1日で済むようになりました。自動集計だから、電卓の打ち間違いや数字の見間違いもありません。チェックも含めてひとりで済むので、とても助かっています」

 なお「タイムカード」アプリは、より使いやすくするため「キントーン運営チーム」のメンバーが新しいデモ版を作っており、近々説明会が行われるということでした。

νタイムカード.png タイムカードアプリの入力画面

 もうひとつ「伺い書」アプリも、藏元さんがメインでかかわっています。以前まで決裁は「紙をまわして印鑑を押し、最後まで行くとコピーを申請者に戻す」という手順だったのですが、市外にまで活動拠点が広がってくると、このやり方では難しくなっていたため、キントーンで行うことにしました。

 「紙のときは、同じの部署の人が総務に来たときに書類を預けたりしていましたが、そうすると本人に届くまでに2日かかったり、途中で誰かの机に埋もれたりしてしまっていたんです。途中で見積もりの金額が変わったり、ファクスで送った添付書類が行方不明になったりすると、また最初から順番にまわさないといけなくなり、期限ぎりぎりになってしまうことも珍しくなかった。でもいまはキントーンなので早くなりましたし、回覧漏れもありません」

 総務部では法人の代表電話やメールを受けるため、「伝言メモ」アプリもよく使うといいます。見学や視察の問い合わせ、代表・奥田さんへの講演依頼などのほか、困窮された方自身からの相談電話を受けることもあるので、その都度「伝言メモ」アプリを使って、適切な担当や部署に引き継いでいるのです。

伝言メモ (1).png 伝言メモアプリの画面

 「以前はそういった連絡を、メールで行っていました。メーリングリストだと情報が不要な人にも届いてしまい、メールが膨大になって必要な情報が埋もれてしまうことが多かった。でもいまは伝言メモアプリで済みますし、やりとりも残るので、後から入った人も見ることができる。便利になりました」

 このように抱樸の法人運営において、キントーンはもはや欠かせないものになっているようです。後編では、ホームレスの自立支援、障害者の就労継続支援、刑務所出所者の生活支援部署の方に、お話を聞かせてもらいます。