キントーンで全国120地域の訪問型子育て支援の経験知を共有【特定非営利活動法人ホームスタート・ジャパン】
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妊婦さんや赤ちゃん、小さな子どもがいるご家庭に「家庭訪問型子育て支援」を提供する、特定非営利活動法人ホームスタート・ジャパン。1973年にイギリスで始まったホームスタートのしくみは、現在世界22か国に広がっています。日本では2009年に13地域で活動を立ち上げ、現在は全国約120の地域で、子育て支援などにかかわるさまざまな団体が運営母体となり、ホームスタートの訪問活動を担っています。
ホームスタート・ジャパンでは2020年頃からキントーン導入に着手し、活動実績データベースの作成・管理や、各地の運営母体との情報共有などに活用しているとのこと。同団体理事の渡里(わたり)祐子さんに詳しいお話を聞かせてもらいました。
「協働」と「傾聴」で孤立させない子育て支援
ホームスタートでは、妊婦さんや乳幼児がいるご家庭に研修を受けた「ホームビジター」と呼ばれる地域の子育て経験者がボランティアとして訪れ、子育ての悩みや不安を抱える親とその子どもを支援する活動を行っています。
家族が孤立せず、地域のなかで応援される社会をめざしている活動のキーワードは「協働」と「傾聴」。ホームビジターは、利用者さんと一緒に育児や外出などを行っており、そのなかで利用者さんのちょっとした悩みや不安、モヤモヤなどに耳を傾けます。
利用者さんと一緒に何かをするという点が特徴ホームビジターの育成やサポート、訪問活動全体のコーディネートは「オーガナイザー」と呼ばれるスタッフが担っています。ホームスタートでは、オーガナイザーとホームビジターがチームを組んで、利用するご家庭を支援しています。
ホームスタートの訪問活動を実際に担っているのは、全国各地の子育て支援NPOや、保育園・幼稚園・こども園、児童養護施設の運営団体などといった地域運営母体です。ホームスタートでは、こういった各地の運営母体を「スキーム」と呼んでいます。
ご家庭を訪問する流れはこんな感じです。まず申込みを受けたら、オーガナイザーが訪問し、どんなことに困っていて何をしてほしいと思っているかを確認します。この確認は、14項目のニーズを記載したシートに照らして行っているそう。
次に、マッチングしたホームビジターとオーガナイザーが一緒にご家庭を訪れ、その後、ホームビジターによる定期訪問が始まります。訪問は週1回2時間程度で、計4~6回ほど。これが終わると再びオーガナイザーがご家庭を訪問し、当初確認したニーズが充足されたかどうかを確認して、延長するか終了するかを相談して決めます。
活動地域の増加で、実績データベースの運用が困難に
活動のなかでは、さまざまな実績や情報が蓄積されます。「申込みのきっかけ」「利用者さんや子どもの年齢」「ホームビジターの年齢」「どんなニーズが多いか」「各ニーズの充足度」などです。
ホームスタートではこういった情報を「活動実績データベース」として蓄積しており、これを「HS-QISS(ホームスタートキス)」(以下、QISS)と呼んでいます。
QISSは、団体運営においても貴重な情報です。たとえば「申込みのきっかけ」でいえば、どこでホームスタートを知って申込んだのかという情報があれば、今後より多くのご家庭に利用してもらうために、どんなところに広報していけばいいのかわかります。
QISSを作り始めたのは、渡里さんがホームスタートにかかわり始めた2009年からですが、当時はExcelでQISSを集計していました。この頃は活動地域が全国でまだ13地域だけだったので、Excelのテンプレートをスキームに送付し、入力したものをメールで返送してもらい、これを集計すれば間に合っていたのです。
2009年には13地域で活動していたが、2013年には42地域、2017年には約90地域、2020年には約110地域と、どんどん拡大していったしかしその後、活動地域が拡大するにつれ、処理が追いつかなくなっていきました。データベースを FileMakerに移行してみましたが、それでもメールで送られてくるデータの収集には手間がかかり、集まったデータの管理もうまくいきません。さらに、スキームごとに個別のサポートが必要となる場面も増えてきました。
「『パソコンが動かないんです』『データを送れない』といった電話やメールの相談がよく寄せられるようになりました。何がどう動かないのかわからないので、お電話で聞きながら操作を案内するんですが、これがけっこう大変で...」(渡里さん)
クラウドシステムでデータベースを運用したい
どうしたものか頭を悩ませていた渡里さんは、当時広がり始めていたクラウドシステムに着目しました。クラウドを使ってデータベースを運用できたら、いま抱えている悩みが解決できるのでは、と思ったのです。
そこで見つけたのが、サイボウズのチーム応援ライセンスとキントーンでした。最も魅力だったのは、年間約1万円というその価格。毎月の運用にかかる費用は助成金でも賄えないので、できるだけコストを下げたかったのです。しかも300ユーザー(※導入当時、現在は900ユーザー)まで使えるので、全スキームに使ってもらうことができます。
さらに、初心者にもわかりやすそうなことや、カスタマイズができることも導入の決め手となりました。元のアプリだけでは難しかったのですが、個別相談で尋ねたところ、カスタマイズすれば使える目途が立ったため、導入に至りました。
実際に開発を始めたのは2020年。スキームのオーガナイザー数名に参加してもらい、プロジェクトチームを発足しました。ユーザーになるのはスキームのオーガナイザーたちなので、必要な追加機能などを相談しながら決めていきました。
データ移行の準備は渡里さんが行いましたが、最も大変だったのは、全スキームに新しいやりかたを周知することだったそう。この頃にはスキームが100団体ほどあったため、個別説明ではとても対応しきれませんでした。そこでまずは総会で説明を行い「QISSの見た目は変わるけれど、使いやすくなる」と伝え、少しずつ理解してもらったといいます。
QISSをキントーンに移行して集計の手間がなくなった
そしてついに2021年春、キントーンでQISSの運用が始まりました。まずよかったのは、Web上でデータの集計ができるようになったこと。これまでのように、メールに添付して送ってもらったデータを集計する手間がなくなったのです。
スキームのサポートも簡単になりました。「困っている」と相談を受けたとき、渡里さんも同じデータを直接見られるようになったからです。
ただ、準備にはそれなりに手間がかかりました。Zoomでの説明会を10回以上行ったほか、個別説明や電話サポートも実施。これは現在も続けているとのことです。
個人情報を入力しないシステムにすることにも気を配りました。各スキームが入力した情報は他のスキームからは見えないようにしていますが、ホームスタートからはどうしても全ての情報が見えてしまいます。議論した結果、利用者さんやホームビジターの情報は、すべてID番号で入力することにしました。
現在のQISSの概要図。5つのアプリから成り立っている「キントーン、QISSだけに使っているのはもったいないかも?」 そんな思いも、渡里さんは早い段階から抱いていました。関係者・寄付者の管理や、イベント・研修の管理など、用途はいろいろ考えられます。
何より使えると思ったのは情報共有です。キントーンをホームスタートとスキームの情報共有データベースにして、「HSキントーン(ホームスタートキントーン)」と名付けました。QISSは「HSキントーン」のなかのアプリのひとつという位置づけです。
共有アプリに蓄積した情報を活かし合う
では実際に今、HSキントーンはこのようなつくりになっています。
右側の「QISS」はスキームがメインに使うもので、左の「関係者」「イベント」「普及」などはホームスタートが使うもの。真ん中の「使い方Q&A」「みんなの資料箱」「訪問のヒント」などはホームスタートとスキームの共有部分です。
左がホームスタート管理者の、右がスキームのポータル画面ポータル画面は、ホームスタート管理者のポータルとスキームのポータルが異なります。ポータルカスタマイズを使って、組織ごとに自分たちが使うアプリだけが見えるようにしているのです。
たとえば、スキームの「訪問のヒント」のなかにある「予期せぬ出来事」。いわゆるヒヤリ・ハット事例のようなものですが、ここをクリックすると下のような画面が開くので、予期せず起きて心配だったこと、気になること、困ったことなどを登録します。
グレーの部分に、どんな場面で何が起き、誰が対応したかといった情報が記録されている「みんなの資料箱」には2つのアプリが入っています。「HS公式資料集」はホームスタート・ジャパンからスキームに提供している資料で、「スキーム参考資料」はスキームが作成し、他のスキームにも参考にしてもらえるように公開している資料です。
HS公式資料集。訪問シートやロゴ、資料などが置かれている。以前はCDで配布しており、アップデートが難しかった スキーム参考資料集。利用者募集チラシや説明会・報告会の資料などが置かれている。登録はまだ少なめ期間を指定してさまざまな実績を集計できる
こちらは活動実績データベース「QISS」のアプリです。
「利用家庭」と「訪問者」のほかに、表示されていないアプリも3つある 「利用家庭」の詳細画面。「訪問履歴」をクリックすると、ポップアップで入力画面が表示されるようにカスタマイズされている 「利用家庭」の集計画面。期間を指定してさまざまな実績を集計できる。CSVでダウンロード可能 集計結果の一例で、各ニーズを感じている家庭の割合。最も高かったのは「孤立感を解消したい」で、65%だった 便利なプラグインも多数利用している。「タブ区切り」「かんたん検索」「PDFプレビュー」など。ほぼどれも無償だそう対人支援というアナログな活動をデジタルで支える
まとめると、キントーンを導入してよかったことは主に2つありました。まず、ホームスタートとスキームが共同で使える情報共有の場をもてたこと。そしてQISSについては、メール送付のデータを寄せ集める形から、統合された一つの仕組みにできたこと。
以前は渡里さんにさまざまな作業が集中していましたが、いまはデータがキントーンに集約されるようになり、持続可能なシステムが実現できました。
難しかった点は、内部での周知と浸透です。かなり時間がかかり、今後も広報や啓発活動が必要だとのこと。一方、共有データの参照は増えてきたので、今後はユーザーが自分でデータを登録するところも増えたらいいなと願っているそう。
全国のスキームのPCサポートにもまだ労力がかかっているそうですが、これも今後地道に改善を図っていきたいということです。
アプリやポータルについても、まだ上記のような課題が残っている渡里さんは、今後はスキームから「キントーン大好きチーム」が作れたらいいな、とも思っているそう。スキームでもアプリを作成できるよう、得意なユーザーを育てていけたらと考えており、マニュアルについては、もう少し使い勝手がよいものを作りたいということです。
またキントーンをもっと活動に役立てるため、スキームの事例をみんなでシェアする勉強会も開いていきたいとのこと。さらにスキームがもつ知見や経験、ノウハウを共有できるデータベースも、アプリで作っていけたらと考えています。
「活動はアナログで。でもそれを支えるデジタルは必要」――ホームスタートは、人と直接お会いして一緒に過ごすという究極的な対人支援活動ですが、それを支える部分にはどんどんデジタルを使っていっていい。渡里さんはそう考えているといいます。
「DXにはまだまだ道のりが遠いですが、上手にデジタルを使っていきたい」と話す渡里さん。子育て中の家族の孤立解消をめざすホームスタートの活動、これからも応援しています!
執筆 : 大塚 玲子 編集:チーム応援プログラム事務局